昭和四十三年九月四日 朝の御理解
X御神訓「慢心が大怪我のもとなり」
X第73節
信心の心得の中に「満心が大怪我の元なり」とあります。どういう時にお互いの心に満心がおこるか、御理解七十三節に「変人になれ。変人にならぬと信心はできぬ。変人と言うは*いことぞ」といわれています。このお教えとこの御理解とがどういうような関わりをもっておるか。私は実際頂いているのですけれども見当がつかないのですけれども。
満心をしてはならんという満心をすることがおかげを落とすことである。大怪我の元であること。いうことをお教えを満心をおこさんです。*様な信心を頂くためにはまあここでは変人になれ。変人にならんと信心はでけんと。信心がでけておれば信心がでけておれば満心をおこすことはない。といただかならんだろうと思うのです。しかも信心がすごいということ、真直いということ、すごいということは、間違いがないと言うこと、ここでは変人と言うのはどういう事を変人とこう頂いたらよいだろうか。ここ二、三日何回も繰り返し頂くことの中に一心不乱と言うことを頂く。私、三べんも落書きのように書いている。一心不乱、一つの心、乱れない一つの心を乱さない。しかも、それは信心を乱さない。信心とは直いこと、これだけは間違いないこととして頂かしてもらっておること。それを一心、しかもそれを乱さないそういう様な信心がでけておればです。満心を出る隙がなかろう。いや、満心が出たに*しましてもすぐそれをこれは満心と気付かせて頂くことが出来ただろうと思うのです。一つの事に成功する。まあ、した人達に成功の秘訣を聞く。どうえらくなられた。そのえらくなられたには何か秘訣があったでしょうが、どういう事の秘訣だったでしょうか。どういう事を守ったら、よいでしょうかといったようなことを聞きますよね。私はそれはもう必ず一心不乱の事だと思うですね。一心不乱と言うことは一生懸命になることでありましょうけれども、これは、字のごとくですね、一つの事をですね、一つの事をやりぬかしてもらう。迷わず、疑わず、その事を頂ぬく、やりぬく、この一心不乱はそういうふうに頂いております。私が大きなおかげを頂いて、その大きなおかげの元は何でしょうかと人に聞かれたらそういうふうに答えるだろうとこう思う。それは、いろいろありますよね。たとえば、私は馬鹿とあほになってきたとか信心辛抱しぬいてきたとか、これをどのような場合でもこれを積まん精進してきたとか、成行きをいよいよ大事にさせて頂きようたら、その成行きそのものが実に尊いものであるか分かってきて、いよいよ成行きを尊いものとして扱うようにならせて頂いたら、このような尊いものになってきた。いうふうにですね。いうようなことも私には、私の信心のまあ表現というなら、それで表現できるのですけれどもね。けれどもね、それは、途中からできたもの、途中から、わからして頂いた事である。それまでは、ここを積んで来た。言うならば、それまでは成行きを大事にしなければならないことすら、知らなかった。ですから、それは私はあの私が成功致しまして成功のそれが秘訣というても一貫した物ではないという。まだ、それは変わるかもしれない。私が、一心不乱であった事、一つの心をこれだけは乱さなかったということはですね。私は子供の時から、それは思うた。思うておった。私は信心によらなければ、幸せにはなれないと言うことであった。これは私は、子供の時から、そうでした。私は、ない命を何回も神様のおかげで助けてもらっておる。だから、この神様の**ども忘れおっちゃあ成功は出けん。まあ、そういうような言葉でいうなら、考え方だったと思います。信心抜きで自分で勉強して自分で成功しようといったような思いがさらさらなかった。何時の場合でも、その信心は切り離すことの出来ないものであった。それが段々、どういう封に進められてきたかというと、やはり拝むことからやはり始められる。そして、これはもう後のちのことではありますけれども、ただおがむこと、ただ拝むことから、始められてそして*まる事、いよいよ磨いて行くこといよいよ限りなく美しゅうならして頂こうということにです。その焦点が変わられてきたこと、それがおそらく限りなくこれからも続けられることであろうということ。拝むことは子供の頃から、一生懸命拝んで来た。いわば、拝むことが好きでもあった。それは、自分は信心によらなければ、助からない信心によらなければ、幸になれないという一つの思い込みというものがもう何処で消えておるということもない。これはもうこの事は思い続けられてきたこと。一心であるこの事だけは不乱である。逃さなかった。どの様に自分の仕事が順調に例えば、順風に帆を上げるように自分の仕事の順風時代であってでもです。やはり、神様のおかげでというものがいつもあった。それは今から考えてみるとその中にもやっぱり慢心があったんです。けれども、やはり信心が一心であり、乱れていなかったおかげです。それをそれと気付かして頂いてはあらたまらしてもらい、場合によってはあの自分にはもちろん慢心であったけれども素晴らしい慢心だったなあとその慢心に素晴らしいをつけたいほどに慢心の時代もあった。これは私のまあ仕事の上にも非常に順調であった時分と本当に商売の事なら、誰にも負けんといったような考え方、けれどもそのそういう中にもやはりおかげを受けておるということ、この心から外したことはなかった。誰にでも負けんのはやはり神様のおかげだと思うておった。時分には神様がついてござる。そんな思い方があった。そしてまあ**引き上げ、色々な修行かん難の中にいわゆるすばらしい慢心が成長して行った。それはどういうことであったかというとね。私がおかげを受けんはずがないという自信であった。もうこれは誰の前でも公言さしてお話させて頂いておる時代、なるほど、まあこんなに貧乏しておりますけれども、私が金持ちならんはずは絶対ない。私が絶対おかげを頂ける、もし私がおかげ頂けんごだるなら、教祖様がおっしゃることは皆嘘だというほどにまあ、慢心、いま考えてみるとようもああいうことがいえたもんだ。あれぐらいの信心でと思うのですけれども、まあ、いうなら、そういう心臓に毛が生えたごだる信心ですよね。いうなら、心臓が強かった。がむしゃらに、けれども、まあある意味においては素晴らしき慢心であったと思うのです。ですから、神様も、まあある意味合においては、楽しんで下さったり、喜んで下さるといったような感じであった。やはり、一切不乱だけは乱してなかった。いよいよ、この信心が進められ続けられたら、もうその頃には拝まんや、通さんでなくて、やはり改まらなければ、通れん、改まらなければ、本当のおかげになっていなかった、と本気で気付かせてもらった。本気でそれに取り組んでおった時代でもあった。もう改まるという事に一心不乱であった。改まるだけではなくてその問題を通してそれを本気で磨かしてもらう材料**してもっていわゆる、ああ言う人も**として夜ごと戦い続けて行けと甘木の初代がいっておられるような信心にだんだん成長して行った。そこから、もうとにかく限りなく美しゅうなろう、美しゅうさえなれば問題はない。美しゅうさえなれば、もう問題は解決したも同じ事。どのような問題があってもお互いの不純なもの、汚い心、我慢、我欲が問題を作っておるのである。自分がいよいよ限りなく美しゅうならして頂こうということになったら、もう全然問題はないと言うことの所まで信心を進めさせて頂いた。その事に一心不乱ですから、随分これを第三者から見たら、信心のない人から、見たら、大坪さんは、変わっとる。これは、私は昔から、言われてきたんです。大坪さんは、変わっちゃる。どういうふうに変わとる。それけんで風雅人ふうとはとられなかった。今から、考えとると、やはり、このお教えに御理解にでてくる、変人じゃったという事に思う。ある人はそれを評して大坪さんはなかなか精神硬いと言われてきた。しかもそれをですね。一心不乱に続けぬかして来て頂いておるということ今日まであからさまにもそれを夢おろそかにしてこなかったという事。途中切れておる時代がないという事。皆さんの信心がどの様にすばらしい。これはりっぱな米だ、お水も汲んだ、炊き物も集まった。炊き出しますよ。どうでしょうか。それを途中で止めるような事をしたら、それこそ本当のままにならんでしょうか。私がこれからいよいよままになって行くためには、そう言う私が今言うような信心が続けられることであろう。又、今日までのおかげというてもただ今の事、ある意味合のおかげを頂いてままになったというならば、私はその信心の熱情というかね、一心不乱をです。燃やし続けてきたということ。だから、私はままになった。いや、、これからも以上とてももちろんもっともっと大きくままになっていく為には一生これが続けぬかれることであろうと私は思う。そう言う意味で私はですね。これが本当だとすごいという変人とは直いことぞとおっしゃる直いとわかっておってもそれをいい加減にする。実意を欠ぐ。あだやおろかに出来ない。私はこのいい加減にするということが大嫌い。もう絶対、いい加減な人はおかげもいい加減になりますよ。信心がしだこだなら、おかげもしだごだです。間違いない。そう言う様な信心からですね。これは私の発明と思うのですけれどもね、いわゆる信心の節度というなら、言葉が生まれてきたとこう思うのです。信心の節度をもて、隅田先生が信心は御用なりというのは隅田先生の発明された言葉だというふうに自分でもいいまた、人からも思われておりますようにですね。御用と言うことは沢山使われているけれども信心はもう御用だと言い切っておられる。これは隅田先生の発明によるものだと思うのです。発明と言うと大げさですけれども信心の節度というのも、ただ今もうしましたような信心からもう信心には節度を持たなければきちっとした信心をしなければきちっとしたおかげは受けられないと私はそう思ってきたおります。どんなによい信心を致しましてもですね。その辺の所をええかげんに致しましたらね確かにおかげもいい加減になりますよ。今日も私はそこんところを生身をもっておることでそれは失敗がないとは言えません。けれども、自分からそう言うふうに曲げてはならん。もし失敗したならば、失敗した事に対してお詫びの信心、取り返しと言うものをしとかにゃならん。いわば、その事に対するお詫びの信心が即出来なきゃいかん。すぐに、だからね、信心を気分でてもするようなことではおかげにならんです。そりゃ、気分のええ時も悪いときもありますよ、いい時は誰だって出来ます。気分の悪いとき言うなら、それをおろそかにする、いわゆる、しだごだにする。ですから、そこんところが、私は、辛抱だと思うんですよね。いわば、なくなくでも辛抱しなきゃあならんのはそこなんです。そこんところを私は徹底させて頂く事が私はそう言うところが私は変人ぶりを発揮しなきゃあならんとこだと思う。そこに私が今申します信心の節度、これはどういう事があっても、どんな場合でも、これだけはきちっとなされていく。そういうような私は信心をさせて頂いたら、よしそれは慢心であってもいわば、素晴らしき慢心であろう。よし、大怪我の元になるような慢心があってもそれを**も気付かせて頂くであろう。しだこだに信心がなされるときにいい加減になされるとき、そういう時にです。そういう時に大怪我の元と言うのは出けてくるのです。今日の慢心は「慢心は大怪我の元」というお教えは「変人になれ、変人にならんと信心は出来ぬ。変人とはすごい事ぞ。」という事を二つ頂いたんですけれどもこれをどういうふうに結び付けたら、私は真意というものが分からない。分からないままにただ今申しましたような事を申し上げたが果してつながりが出来ただろうか。お互いの心の中に慢心は大怪我の元なりということと変人になれ、変人とは、すごいことぞという御理解とがこの御理解もこのお教えも生きてきただろうか。説き方がまずいからわからなかったかもしれません。けれども、どうでもこの二つをつないで一つの物に皆さんの信心でしていただきたいとこう思うのです。これは余談なんですけれども、昨日高橋さんが来られまして一年祭の***その記念品の事がございましたから、市ノ瀬から久留米のデパートから歩かせて頂きました。デパートで何とかのえかきさん個展がありました。その中に入らせて頂きました。書家とか画家なんかのその人その人の値打を書いたね。日本中のこんな厚い字引のようなものですね。それが出してあったから、このえかきさん*こういうようなえかきさんであった。この人の書いた絵はこれぐらいの値打があるもんだと詳しく書いてある私、先日善導寺に参りましたときにあちらに池辺という先生がおられた。ある事柄で教会の先生を止められましてから、書道の先生になられました。その方がついこの間まで書かれた物が6 ̄7万*という評価であった。それが、このころ池辺さんの書は17万もしてきた。そういうことになった時に神様にお礼申し上げましたところ、誠と言う字を頂いた。誠というそれがその書体がすばらしい書体であったから、それをそのまま書かれた。それを善導寺にお供へなされた。大坪さん、この一時が17万*もするというて見せて頂いた。丁度、そうですね。畳3分の1位の大きさに書いてある。一時それが17万*、だから、それがそんなもんかと思うて、昨日思いだしたから、高橋さんに**池辺さんと書いてあるじゃろう。池辺しょうぞうとかいてあるから見てごらんというて見てもらいましたから。
やっぱり、17万とかいてある。たいしたことですね。一時かいて7万*、こっちは仮名文字が本命ですから、歌なら歌を一句かかれたら、17万*かかる。いかに私も何枚も書いて頂いたわけですけれども、最近は又進歩が非常にもう著しい進歩しておられるということでございますよね。最近の字も見せて頂きましたが、私どもにはわかりませんけれども、やっぱりすばらしいです。善導寺から、かようておられる。私どもより、7つか8つ多いですが、も、そりゃあ、とにかく昔から好きだった。ですね。もう毎日2時間ずつぐらい勉強の他に練習しないことはない。先日も今度池辺さんが中学時代に通うたあっちや、それがとても中学生の字とも思われない。それはその時分からそういう大人の字を書かれる人がしかも何十年間その道一筋に打ち込んでそれこそ一心不乱にそれを書き続け、稽古し続けられたですから、これはたとえ、一時が17万しても不思議ではないと私は思うのです。ですから、自分のその信心よりもそれを大事にされていたわけですよね。しかし、それをやめられたんですから、元昭和女学校に行きようられる。時分に久留米におられましたから、その頃はもう****ふうをしておられました。何回か会うたことがありましたから。子供さんが多くありますしね。大変な難儀をしておられたようでした。ところが福*にとつがれてからだんだんにみとめられるようになられたら、そういうふうに貨幣が6万か7万する貨幣の家に入っておられる。そして、一筆書けば、17万もするような家をかけるようになんなさった。それまでには随分と難儀もあっただろう。苦*もあっただろうけれどもです。それこそ、一心不乱に続けられたことがそんなふうになって今日おかげをうけておられる。その事を私は信心で申しました訳なんでございます。けれどもね。大坪さんあんたがここまでおかげを受けた一つのこつは何ですか、というたら、ただ今**目で何時もいわれておる様な様々な一つの合楽の独断上と言ったようなものがありますけれどもそれは、途中から出来た物、もういわゆる少年時代から、これだけは、一貫して、しかもそれをいい加減にしなかったこと、それを続けぬかれておったこと。それを自分は信心によらなけらば助からない。自分は信心しなければ本当の幸せにはなれない。この思い込みがあった。ですから、その事が何時の場合でも大事にし続けられてきた。もう少年時代から続けられてきた。私はお米は穀物は何処にあってもそれを拾ってきた。私は、もう自転車で、急いでる時もちらっと白いものが見つかったら、飛び降りてから、二粒、三粒でもそれを拾わして頂いた。私は子供の時から、これを続けてきた。いわゆる拝むことも一生懸命拝むようになってきてからは、一つは北*時代、もうそりゃみんなを泣かせるようなことがありましてね。それこそ、ぐでんぐでんになってかえっておりましても家内の母がきておった時分ですから、もう家の****だけにゃ、こりゃ助からん。どげん自分がぐでんぐでんになっておちゃあ、やっぱり大抜一かんはあげなければ眠らなかった。これだけは私はそういうような事が一つも今日までええ加減にしていなかった。今日まで私はそれは私の心の底にです。信心によらなければ、助からない。信心によらなければ自分は幸せになれないという一心、そういうたとえば、信心をこれはすごいと思っておることを不安と言わさずに今日おかげを頂いておるが、今日おかげを頂いてる元であるここに、これから、とてもなお続けぬかれていくことである。いわゆる、もっともっと大きいままにならなければ、ならないためにもこの期をきゅうしてはならないと私は心に思う。思うとると言うよりもそれは私がなりきっておるという思いです。ですから、皆さんの信心がです。ええ加減になっちゃなりません。もう本当に節度をです。私はこれだけ節度を答えてる。宗教でも、節度をみだす。それでは、ご飯がごちごちになります。ままになる本当のご飯になることは出来ません。それでは、本当のままになるためには、他の事はでけんばってん。これだけは、といったようなものがです。やりぬかれつづけられなければならん。そういう信心にです。私は慢心の出来る隙間がない。よし、隙間があってもすぐ、それを改まって行くことが出来る。こういうふうに今日はそのお教えとこの御理解を読ませて頂きました。どうぞ。